研究案内
女性ヘルスケア研究チームは2000年に赴任された先代教授の倉智博久先生が立ち上げられたものです。現大阪医科大学産婦人科学教室教授大道正英先生や、前准教授高橋一広先生の指導のもと、主に「エストロゲン」が生殖器以外に及ぼす影響についての研究が連綿と進められてきました。エストロゲンの減少は骨粗鬆症の原因になることは知られていますが、骨以外にもエストロゲンには血管や神経の保護作用もあります。エストロゲンの減少する閉経後はメタボリック症候群の基盤病態のひとつである内臓脂肪蓄積が増加します。最近はエストロゲンの減少がもたらす脂肪細胞の機能解析を行ってきました。
1.血管内皮細胞における作用と機序
(1) ラロキシフェンはエストロゲンと同様に血管内皮細胞増殖作用を示し、AktおよびERK経路を活性化するとともに、一酸化窒素(NO)合成酵素であるeNOSをリン酸化することを明らかにした(J Biol Chem. 2001)。
(2) ヒト臍帯静脈血管内皮細胞(HUVEC)におけるエストロゲンのNO産生促進作用をMPAは阻害するが (Biochem Biophys Res Commun. 2004)、DNGは阻害しないことを明らかにした(Menopause 2010)。またMPAの阻害作用はグルココルチコイド受容体を介する可能性を示した(Fertil Steril. 2011)。
(3) ラロキシフェンは、telomerase活性化およびhuman telomerase reverse transcriptase (hTERT) mRNAの発現を促進することで、血管内皮細胞の増殖を促進することを明らかにした(J Biol Chem 2006)。
2.血管平滑筋細胞における作用と機序
エストロゲンとラロキシフェンは平滑筋細胞に対し、細胞周期の進行を抑制し、また、p38経路を介してアポトーシスを誘導することで、血管平滑筋細胞の増殖を抑制することを明らかにした(J Endocrinol 2003;178:319, J Endocrinol. 2003;178:417)。
3.血管内皮細胞と血管平滑筋細胞への作用の違い
エストロゲン、ラロキシフェンは血管内皮細胞の増殖を促進し、一方血管平滑筋細胞の異常増殖を抑制する。増殖に関与する遺伝子のプロモーター領域に、内皮細胞ではコアクチベーターAIB1をリクルートするのに対し、平滑筋細胞ではAIB1をリリースするとともにコリプレッサーであるNcoRをリクルートすることを明らかにした(Endocrinology. 2007)。
4.神経保護的作用
エストロゲンが神経細胞においてERαを介してPI3-kinase/Aktカスケードを活性化し、アミロイドβによる神経細胞のアポトーシスを阻害するとことを明らかにした(J Endocrinol 2004)。またエストロゲンは、Estrogen→ER→PI3-k/Akt→Rac1、cdc42の活性化→RhoAの不活化という経路を介し、最終的にneurite outgrowth(神経突起伸長)に関与することを明らかにした。
5.内臓脂肪蓄積とその機能
閉経女性の内臓脂肪組織では、11β-hydroxysteroid dehydrogenase (HSD) 1 mRNAの発現が有意に高値であること(図1)、cortisol/cortisone比が有意に増加していることを初めて明らかにした。また閉経後の内臓脂肪では、BMIの増加に伴い生理活性の低いE1が優位になるため、局所の脂肪蓄積に関与するグルココルチコイド活性化が高くなる可能性が想定された(図2)(Menopause 2013)。
閉経群の内臓脂肪で、脂肪酸の代謝産物である中鎖脂肪酸が有経群に比較して高濃度に存在することを、メタボローム解析により初めて明らかにした(図3)。閉経後の内臓脂肪では、脂肪酸代謝に変化がおき、これがメタボリック症候群の発症に関与する可能性が示唆された (Menopause 2014)。
閉経後女性の内臓脂肪組織では、酸化ストレスマーカーである過酸化脂質量が有意に高値であることを、ヒト脂肪組織を用いて初めて明らかにした(図4)。さらにエストロゲンが3T3-L1脂肪細胞において抗酸化酵素遺伝子発現を誘導することによって抗酸化作用を示すことを明らかにした(図5)。閉経後の内臓脂肪組織ではエストロゲン低下による酸化ストレス亢進が起きており、閉経後のメタボリック症候群発症増加と関連していることが示唆された(J Womens Health 2018)。
臨床研究としては、研究チーム発足後から内因性エストロゲンおよびHRTが血管機能に与える作用についての研究が行われてきました。その後、有経女性における卵巣摘出術が身体に及ぼす影響についての前向きコホート研究である「サージカルメノポーズスタディ」を進めてきました。この我々の臨床研究から端を発したと言っても過言ではない、日本産科婦人科学会女性ヘルスケア委員会で行っている「本邦における婦人科術後患者の健康と予後に関する疫学研究: JPOPS」の登録センターとしても携わりました。現在はこの研究結果もふまえて、女性ヘルスケア外来(木曜日・午前)を担当しています。女性医学学会の女性ヘルスケア専門医を中心に診察しています。一般的な更年期、老年期医療に加えて、サージカルメノポーズの方の健康管理を行っています。
研究内容の概要:
女性医学では現在以下の4つの臨床研究を行っています。
65歳以上の高齢者の増加に伴い、高齢がん患者も増えています。高齢癌患者は臓器障害や合併症を伴う頻度が高く、がん治療による合併症の増悪やQOLの低下をもたらすことがあります。そこで当院では65歳以上の高齢婦人科がん患者に対して、術前にADLや合併症、認知機能や栄養、服薬状態などを含めた高齢者機能評価を行い、それが術後の有害事象や予後に与える影響を調査しています。高齢者機能評価の中でも身体機能や薬剤、栄養状態、気分を評価したG8が最も一般的に行われています。当院で54名の患者を解析した結果、G8異常の高齢がん患者は、G8正常と比較して、無増悪生存期間が有意に短いという結果が出ています(図1)。高齢社会が進む中でこの研究が果たす役割が大きいと考え、症例をさらに蓄積したいと考えています。
2つ目は、コホート研究に参加した人の中で自然閉経した7,239名を対象に、閉経年齢に与える因子(BMI、初経、学歴、生殖因子、生活習慣など)を検討しました。45歳未満で閉経したのは241名(4.1%)でした。統計解析後、早発閉経に与える因子としては、痩せ(BMI<18.5)、最終学歴が中学生以下、20歳の時の無月経、未婚が関連しました(図2)。今後は遺伝的な解析を含めた研究を予定しています。
3つ目は、骨盤臓器脱に対する外科的治療を行った患者に対して、脱が生活の質に与える影響に関するアンケート調査を行っています。最近は腹腔鏡下にメッシュを用いた術式が増えており、メッシュを用いない術式と比較したQOLの変化を調査しています。メッシュを用いた腹腔鏡下仙骨腟固定術は当院で2020年12月から開始し、2023年3月までに約50例施行しました。メッシュを用いた手術は術後半年のQOLを有意に改善したという結果がでています(図3)。今後もデータを集積し、長期的にQOLの変化をフォローしていく予定です。
4つ目は、妊娠糖尿病既往女性における産後糖代謝異常の発症を予測する因子を検討することを目的に研究を行っています。山形大学と山形県立中央病院と山形済生病院で周産期管理した妊婦のうち、耐糖能異常と診断された妊婦を対象とします。産後6週から12週の間で耐糖能検査を行ったうち耐糖能異常を指摘される割合を調査します。産後の正常型、耐糖能異常型に分け、それぞれの妊娠経過を調査し、耐糖能異常の発症に関連する因子を検討します。各病院で100名ずつを目標とし、300名を目標に症例を集積しています。耐糖能異常に関連した因子を明らかにすることで、産後のフォローアップをより効率的に行うことが出来る可能性があります。