研究案内
高度生殖医療を要する患者さんは年々増加傾向にあります。その治療成績も徐々に改善され続けてきていますが、実際の成績はまだまだ十分とは言えません。高度生殖医療(体外受精・顕微授精および胚移植や胚凍結・融解胚移植)が不成功となる原因は大きく、1)加齢に伴う卵の質の低下と、2)子宮の胚受容能障害の二つに分けられます。我々の施設では、その二つの問題に関して基礎的研究に取り組み、将来的な臨床成績の改善に貢献することを目標にしています。
1 卵の老化メカニズムの解明とミトコンドリア、小胞体を治療ターゲットとした薬物療法の可能性について
卵子は加齢により質が低下し、治療成績の悪化をまねきます。我々は、以前よりこの加齢による卵の質の低下の原因を解明するためマウスを使った実験モデルを作成し、研究を行ってきました。実験的に加齢卵を作成すると、卵子では酸化ストレスが生じており、この酸化ストレスによりミトコンドリア機能異常、小胞体機能異常が生じていることを明らかにしました。ミトコンドリア機能を改善させるために卵子への体細胞ミトコンドリア移植を試みたり、小胞体においては小胞体ストレス応答を制御することにより、質の低下した卵子の胚発育が改善するかどうか、マウスモデルを用いて検討しています。これまでの実験では、小胞体ストレス応答の3経路のうちPERK経路の制御により、胚発育が改善することが示唆されました。さらなる治療成績改善のために、現在はミトコンドリア機能の改善と小胞体ストレス応答の制御を並行して行う研究をすすめています。難治性であり治療困難とされる加齢による不妊治療成績の低下についてチャレンジし、研究成果により新たな治療法の確立をめざしています。
2 子宮内膜の免疫寛容誘導機序に与える核内転写因子や腸内細菌叢の影響についての分子生物学的検討。
妊娠が成立するためには、子宮内膜が「異物」である胚を受容する必要があり、そのために異物を排しようとする免疫応答を生じないようにする「免疫寛容」を引き起こす必要があります。流産を繰り返す不育症の方や、原因不明不妊の方にはこの免疫応答に異常があり、むしろ免疫活性が亢進していることが知られています。しかし、なぜ免疫寛容誘導機序に異常をきたすのか、いまだ明らかではありません。我々は、免疫寛容をおこす因子の異常もこの胚受容能調節に関与している可能性があると考えています。その因子が子宮内膜や血液中において胚受容能を改善させるような免疫応答を起こしているかどうかについてモデルマウスを用いた実験を進めています。また、全身性の免疫応答には腸内細菌叢による影響が関わっていることが知られていることから、腸内細菌叢によって子宮や血液中の免疫寛容がどのように影響を受けているかについても検討しています。この免疫寛容の誘導は、妊娠成立の場面のみならず、妊娠中においても妊娠高血圧症候群などの合併症にも関わっていることが知られています。したがって、免疫寛容誘導を促す機序を解明することは、不妊治療のみならず、その後の妊娠中のトラブルの改善に役立つ可能性があり、将来的に生殖医療に関する諸問題の改善に大きく貢献できると期待しています。
山形大学医学部附属病院ではタイミング指導に始まり、人工授精までの一般不妊治療から、体外受精、顕微授精(ICSI)、胚凍結・融解といった生殖補助医療(ART)までの治療を行っています。ARTの分野では、年間約200周期の採卵手術、約200周期の凍結融解胚移植を行っています。難治性のため近隣の施設からご紹介いただくなか、日々治療成績の向上をめざし診療に取り組んでいます。その中で、最近では診療データを用いて人工知能(AI)に機械学習させ、一人一人ことなる患者さんに対してベストな治療を提案するモデルを作成する研究に取り組んでいます。例えば、「この患者さんには何回まで人工授精をやってうまくいかなければ次の治療にステップアップすべきか?」や「ART治療を初めて行う患者さんそれぞれに、どのような卵巣刺激の方法を選択するべきか?」などといった日常的な診療の疑問に対し、適した回答を返してくれるようなモデルを作成しています。人工知能を用いた研究は近年さかんになっており、不妊治療との親和性も高いと考えられているため、今後もこの分野の研究を深めていこうと考えています。